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お茶の歴史から料理とお茶の相性、紅茶、中国茶、日本茶やワインとの相性などを紹介します。
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悠久のむかし 紀元前3400年ごろ 伝説の神農(しんのう)は
山野を巡り、野草・樹木の実や葉を食べて 
どれが人の身体に効果があるかを、調べたそうです。
その中には毒のあるものもあるので、解毒のために
茶の葉を食したと「茶経」 という 歴史上初めての
お茶の専門書に書いてあります。
この「茶経」という本を書いたのが 
唐(618~907年)の時代の 茶聖と言われる
陸羽(りくう)という人です。 
お茶の歴史の始まりには、神農・陸羽この二人は必ず登場します。


ヨーロッパのお茶の歴史は、比較的遅く
16世紀中ごろからです。
英国紅茶としての歴史は、イギリスが1558年に
スペインの無敵艦隊を打ち破り、1600年に
「イギリス東インド会社」が設立されてから以降です。

ヨーロッパ人がはじめて飲んだお茶は、
日本茶だといわれています。

イギリスにお茶の習慣を持ち込んだのは、
1662年に、ポルトガル王家からイギリスに嫁いだ、
キャサリン・オブ・ブラガンサ王妃です。

彼女は中国のお茶に、貴重な砂糖を入れて飲むという、
当時ではとても贅沢な習慣を、イギリスの貴婦人の
あこがれとともに、あっという間に宮廷に広めました。


中国の紅茶の歴史も遅く、1643年ごろ中国で初めて作られました。
ヨーロッパで広く紅茶が飲まれるようになってから、
逆に、中国での紅茶の生産が増えたといわれています。

その後、18世紀にインドでお茶の木が発見され、
現在、紅茶として普及しているのは、こちらのインドチャです。

中国チャは、葉が小さく、(長さ:6~9cm・幅:3~4cm)
インドチャは葉が大きいです。(長さ:12~15cm・幅:4cm~5cm)


お茶の、呼び方としては
「茶(cha)」と「ティー(tea)」がありますが、
陸路と海路のお茶の伝わる経路の違いです。
茶は陸路、teaは海路です。

「茶」は広東語の「チャ」が語源となり、
北京、日本、ロシア、中近東と伝わっていきました。

「tea」は福建省のアモイ語の「タ」から
端を発しています。
オランダ人が海路で、ヨーロッパ諸国へと伝えていきました。                               


日本に伝わったのは、聖徳太子が
はじめて中国に使者として遣隋使をおくりましたが、
その遣隋使らによって、お茶は日本に伝わりました。

その後、最初にお茶の種を持ち帰ったのは、
805年に天台宗の開祖、最澄。
その次の年に、真言宗の開祖、空海が、
種とお茶の作り方を持ち帰りましたが
これは、うまく育たなかったそうです。

本格的にお茶の栽培に成功したのは、鎌倉時代で
臨済宗の栄西禅師が、種を持ち帰り、京都に植えて
栽培に成功しました。
栄西の「喫茶養生記」が、日本におけるお茶について
書かれた最初の書物だといわれています。


参考:
世界・お茶の基本
紅茶コーディネーター養成講座

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